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Kindle三昧

小説とか漫画とかアニメとか。隠れた良作の楽しみ方を探求するブログです。

漫画「恋の神様」ニセコイ作者さんの短編集が本棚から出てきたので懐かしい気持ちで紹介する。

 

 

 


久しぶりに本の整理をしていたら、「恋の神様」という漫画が出てきた。すごく好きな作品ばかりだったので、なんだかお宝を発掘したような嬉しい気持ちになってしまった。

 

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たまたま古本屋で見かけたので、つい紙の本で衝動買いしてしまったのだが、今になって思うと「Kindleで買っておけばよかったなあ」とちょっぴり後悔している。
なんせ本棚の奥で眠ってらっしゃったせいか元々なのか…ページがずいぶんと黄ばんでしまっていて、あらあらな状態になってしまっている。ぱらぱらめくっているとページの角もたまに折れているしシワはできている。これはたぶんぼくの雑な管理が原因なのだろうけれど。この点をまとめて一挙にサクッとまるっと解決できてしまうKindle版、まじ人類の叡智である。隙あらば電子書籍のメリットを布教していくスタイル、これからも続けていきたい。

 


お話を戻しましょう。
この漫画は古味直志先生による読み切りマンガ集だ。「ダブルアーツ」「ニセコイ」なんかが代表作にあたり、この短編集ではすでにそういった作品の根元…かたや「ワクワクドキドキの冒険譚」だったり「キュンキュンする少年少女のラブコメ」だったり、両作品に共通する「生き生きとした躍動感たっぷりのキャラクター」なんかが感じ取れる。
というより、ひいき目なしにしても古味直志先生の場合は短編集のほうが格段におもしろい。展開のスムーズさ。伏線から回収に至るまでのコンパクトさ。キャラの言動の一貫性。どれをとってもクオリティーがダンチである。


たぶん、古味直志先生はもともとこういう作風が好きなんだと思う。短編映画だとか童話だとか、そういった「小さな世界の中で殻を破っていく物語」みたいなスケールの話がすごく上手い。

まあここで具体的な話も挙げずにクドクドと語るのも野暮ってもの。次からひとつずつピックアップして語らせてもらおうと思う。

 


◆ 「island -アイランド-」 最初の読み切りから漂う"鬼才"の風格

 

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例えば最初に日の目を浴びた「island -アイランド-」


ぼくがこれを初めて読んだのは少年ジャンプでの掲載時だ。
初めて読んだ感想は今も忘れようがない。「とんでもない才能が現れたぞ」それほどぼくにとって衝撃だった。


その当時はいわゆる「勧善懲悪のテンプレ」をよく見かけた。ジャンプで読み切りが掲載されれば「また主人公が悪党をワンパンで倒して終わりかあ。テンプレだなあ」というのが、本当に本当に多かった。ぼくは掲載された作品は必ず目を通すという、我ながらよくわからない執念があったのだけれど、たぶん大半の人がこのころの読み切り漫画はつまらなすぎて読んでなかったんじゃないだろうか。そんな勝手なレッテルを貼ってしまうくらいには、当時のジャンプには「新鮮味」が欠けていた。
だからこそ「island」が掲載された時の感動は一潮だった。


「island」を知らない方のために簡単なあらすじ。
2人の少女「アイラ」と「マルー」のダブル主人公が、壁の中の村から壁の外へ出ていく夢を叶えようとするファンタジー冒険譚。

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この話のすごいところは「話がきれいにまとまっている」点である。舞台はごくごく小さい村落で、およそ少年漫画としては小スケールじゃないかと思う。しかし、それを本作では「2人の主人公」の感情をあっちこっちへ揺り動かすことに力を入れている。むしろそこだけに特化しているといってもいい。葛藤から生まれる感情の機微。それこそが本作の…あるいは古味直志先生の短編集の、とんでもない魅力なのである。


この話で描かれる主人公は夢見がちな「少女」でしかない。やがて現実を知って受け入れて、妥協をするかそれともなお夢を見続けるか。「大人になってゆく過程」を丁寧に描いている。
そこには一切、「悪党」も「正義という名の暴力を振るう主人公」も存在しない。ただの思春期を乗り越えようとする少女たちがいるだけである。終始地味なだけで終わりそうな題材なのに、めちゃめちゃワクワクするし目尻に込み上げてくるものがあるんです。不思議なことに。

 

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これだけ良いところばっかり羅列しちゃうと「うげぇ」ってぼくだったら辟易しちゃうことだろう。なのでいちおうバランスを取るために欠点も挙げておこうと思う。本作は「デッサンははっきりいって上手くない」
一般的な「絵が綺麗」ってやつ。ああいう物差しで測ると、はっきりいって下手だ。ただし、キャラの感情を表情として描き切るのは本当に上手い。
たぶん、このキャラの表情っていうのがさらに進化すると近年の作品「ニセコイ」に繋がってきたのだと思うと妙に納得しちゃう。ああ、ここからすでに片鱗が見えていたのだなあと。
ここらへんの絵の方向性は「island」で何を強みにするべきか?っていうのが先生自身、はっきり自覚していたからこそ定まったものなんだろうなあと思う。


思春期ならではのコロコロ変わる表情の変化。今から読み直してもぜんぜん色褪せない。当時抱いたぼくの思いは一時の気の迷いだとかブームに便乗してとかじゃないはず。だってまちがいなく「island」は今読んでもおもしろいんだから。

 


◆ 「恋の神様」ラブコメの教科書のような完成度。

 

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二度目の読み切りであり短編集の表題作となる「恋の神様」
こちらも掲載時、ぼくはリアルタイムで読んでいた。


酷評になってしまうけれど、今となって読んだら本作はあんまりパッとしない。いや、ちがうんだ。誤解のないように言わせてください。当時はぼくもまちがいなくおもしろいと思って読んでいた。ただ、今読んでみるとそうでもないよね、というだけの話なんだ…


たぶんそれは、本作の根幹が「奇をてらった設定」ありきなところだからだと思う。
あらすじとしては「少年は女の子に恋をした。しかし、そこには最強の恋敵が。それは……神様! 神の寵愛を受ける女の子に好かれるため、無謀な戦いに挑む!」というもの。
キャッチコピーのおもしろさは当時、折り紙つきだった。
「当時斬新だった設定」に引っ張られて昔はおもしろいおもしろいと手放しで評価していたんだけれど、今となっては斬新な設定なんて履いて腐るほど巷には溢れかえっているわけで。今のぼくが読んでも「あー、それっぽいのラノベで読んだことある」ってなっちゃうのである。

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とまあ、大人になったぼくが評価するのはこんな酷な言葉になってしまったけれど、実は忘れてはいけないポイントが。この作品、斬新さに隠れて目立ちにくいのだけれど、立派に「ラブコメとして洗練されている」のである。
はっきりいってこの完成度は、現在のジャンプで掲載される読み切りと比べてもまったく見劣りしない。…というより圧勝である。
話に一貫性があって起承転結もがっちりかっちりしていて、いやはや、まったく…弱点らしい弱点が見当たらない。ちょっと憎らしいくらいに完成されている。
とくに神様の猛攻をかいくぐりながらヒロインの子を抱きしめにいくまでの一連のシーンはおもしろいやら感動するやらでシュールな絵面として近年稀に見るクオリティーだったりする。

 

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だから、ぼくの言う評価の正しくは「プロとしてはややテンプレチックで面白みがない」といったところ。すでに語る視点が「新人の読み切り」レベルではないということははっきり明言しておこう。
あと、ぼくが古味直志先生の個性だと思っている「感情の機微」が弱い点がマイナス評価のポイントだろうか。主人公の「一目惚れしやすいタチ」に感情移入しづらかったりとか、ね。

 

 

◆ 「ウィリアムス」原点回帰にして傑作。

 

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3作目の読み切り「ウィリアムス」
最初に断言させていただくと、ぼくの中で一番愛着のある古味作品といえばこれに当たる。

 

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内容としては「主人公が本の世界の大冒険に憧れて旅に出る。少年の歩ける範囲の中で起こった、小さな小さな大冒険」といったもの。作品に込められたメッセージは処女作「island」に近い。
余談ながら、この短編集の中で古味直志先生は前作「恋の神様」を創作の際、大変苦労したことを打ち上げている。以下にその文章を引用させていただこう。

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ここの作者メッセージからぼくが勝手に意図するところを読み解くと……
古味直志先生の中で描きたいもののイメージがおそらく「island = 童話的な冒険譚」だったはずだ。それが第一読者(担当さん)からは良い評価をもらえなかったこともあり、紆余曲折を経てなんとかかんとか「恋の神様」という新境地開拓へと舵を切ったわけだ。古味直志先生にとってはラブコメジャンルを描くための得難い経験値になったことだろう。
しかし、その矢先に本作が出来上がった。「やっぱり冒険譚を描きたいっ!」という意志が本作には込められているように感じる。いわば原点回帰といっていい。
そして、見事に大成功を収める。


「ウィリアムス」の主人公ウィリアムぼっちゃまは、とにかく向こう見ずで夢見がちな性格。侍従のコニーさんを引きずり回しては心配やら迷惑やらかけるようなわんぱく坊主だ。こういう性格のキャラは最近の風潮だとあんまり受け入れられないのか、めっきり見かけなくなってしまったのは悲しいことである。

 

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ただ、ウィリアムぼっちゃまはまったく何も考えずに突っ走るだけの子どもではなく「子どもなりに将来のことを悲観している」という憂いを秘めているのが奥深いところ。これが古味直志節ともいえるキャラの魅力じゃないだろうか。小さな冒険譚の中で語られる「夢と現実の狭間に揺れる主人公」……「island」との共通点ともなっている。
なんとなく、「island」に比べて周囲の大人が主人公の夢見がちなところに否定的なのは、本作を製作していたころの古味先生自身の葛藤がそのまま反映されていそう……なんて思っちゃうのは、さすがに憶測が過ぎるだろうか。

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なんにせよ、「壁の外が見たいっ!」というよりも断然共感を呼びやすい「冒険に出たいっ! 男の子だもん!」という目的に変わったことで、「ウィリアムス」のほうが馴染みやすい作品になったのはまちがいない。
「人の丈ほどもある大怪鳥」だとか「新大陸」だとか……ぼくみたいなピーターパン症候群もどきの読者にはズキュンバキュンと胸を射る素敵ワードであふれている。
終盤に語られるポエムがあるのだが、いまだに聞いても鳥肌が立つくらいカッコいい。

 

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「どうやら彼はとっくの昔に……
立派な 一人前の冒険者になっちゃってるみたいだから


彼のような人間はね……
止まれないんだよ……
風に呼ばれるんだ……


そう
風に呼ばれ 大地に呼ばれ……
少年は歩くのを やめられない
見知らぬ土地へ行き
谷や 山河や 平原を越えても なお


海の向こうの さらに向こう
大地と空の境まで
そこに辿り着くまでは 少年は決して 負けはしない


だからね……
心配いらないんだよ……」

 

上のポエム、周囲からどれだけ非難されようと性質を認められなくても我が道をゆく「孤高の風来坊」みたいでめちゃめちゃカッコいい。誰しも男の子はこんな少年期に憧れるものです。

 

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見開きの大ゴマもすごく魅力的で「親愛なるカムクワス=ハイローへ……」の出だしから綴られる語りは本当に引き込まれた。「ざわざわ……」ってなって「ぶわっ」て感じです。なんかもう、ぼくの感情メーターが振り切れ過ぎて日本語がダメになっちゃう。

この感動を伝えるのに、もはや言葉なんて邪魔くさく思えてしまう。どれだけ言葉を尽くしてもこの感動を表すには絶対的に足りない。こういう時、言葉の力って無力だなあと思う。だって読むしかないじゃないか、この感動をあなたの中で再現するには。

 

 

◆ 「ペルソナント」

 

執筆中……